みなさんこんにちは。今日は、令和8年2月22日日曜日です。
『明るく挨し、心に芯を、運は信じて、縁を結び、目指すは遥か、大きな夢』 をモットーにしている
下ちゃんです。
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ミャクミャク像が教えてくれる「イベントの余韻」という価値
万博が閉幕して数カ月。
会場の喧騒は静まり、パビリオンの光も消えたはずなのに、なぜか大阪の街にはまだ“万博の気配”が残っている。
その象徴が、東西ゲートで来場者を迎えていた二体のミャクミャク像だ。
お辞儀をする「いらっしゃい」。
バンザイで迎える「ワクワク」。
あの独特のフォルムと、どこか人懐っこい仕草は、毎朝のようにゲートを通った人の記憶に深く刻まれている。
その二体が万博記念公園に移設され、除幕式には100倍を超える応募が殺到した。
JR大阪駅や新大阪駅では、いまだにショップに行列ができる。
イベントが終わってもなお、キャラクターが“生きている”のだ。
万博の評価は、来場者数や経済効果で語られがちだ。
だが、ミャクミャク像の人気を見ると、
数字では測れない“余韻”こそが、イベントの本当の価値ではないかと思えてくる。
・あのゲートをくぐったときの高揚感
・世界中の技術や文化に触れた驚き
・友人や家族と並んで歩いた時間
・そして、ミャクミャクに迎えられた瞬間のちょっとした笑顔
こうした“体験の断片”が、キャラクターを通じて再び立ち上がる。
ミャクミャク像が府内を巡回するというニュースが話題になるのも、人々がその余韻をもう一度味わいたいからだ。
キャラが立つとは、造形が強いというだけではない。
人々の体験や感情を“預かる器”になることだ。
ミャクミャクは、万博の記憶を運ぶ語り部になった。
太陽の塔のそばでお辞儀をする姿は、1970年の万博との静かな対話でもある。
平和のバラ園でバンザイする姿は、未来への希望を象徴しているようにも見える。
キャラクターが街を巡るということは、記憶が街を巡るということだ。
大阪・関西万博は終わった。
だが、終わったイベントを“終わらせない”のが、これからの都市の知恵だ。
・記念公園での展示
・駅でのショップ継続
・府内巡回という“旅”の物語
・SNSでの再発見
・地域イベントとの連動
こうした小さな仕掛けが、万博を単なる一過性のイベントではなく、“街の記憶”として定着させていく。そしてその中心に、ミャクミャクのようなキャラクターがいる。
「イベントは終わっても、物語は終わらない。 キャラクターは、その物語を運ぶ風になる。」

