みなさんこんにちは。下ちゃんです。もう暦の上では秋です・・・・今日は立秋
梅雨明けしてからまだ1か月もたっていません。連日の暑さが体にじわりじわりときているのでは・・・・
体調管理には十分気をつけましょう~
「汗」
夏の甲子園 歩いていると流れる汗
ハンカチではぬぐい切れずタオルをもつ
季節を感じる夏の日々
さて、
ここ最近思うのが、手段の目的化が計画をダメにすると・・・・
計画は何のために作るのでしょうか?
計画は目標を達成するために作りますよね。目標は目的に向かっていくためにクリアすべきものなのです。
たとえば身近な事柄で言うと日報です。
日報は手段の目的化が起こりやすいのです。
そもそも日報の目的は、上司が部下の日々の行動を確認して適切なアドバイスをするまたはメンバー同士で確認できるようにして、成功事例を共有化することである。
よって日報を書くこと自体はそのための手段という位置づけでしかないのです。
しかし、どこかの時点から日報を書くことが目的化してしまって、忙しくて書く時間がないから書かない、あるいは適当に書くといったことが起こるのです。
ひどいのは書かないということも・・・・・書いている内容も大して参考にならない。だから書くのをやめようといった具合です。
みなさんのなかでもありませんか?
何のためにという根本的な目的が忘れられてしまうと、計画も無意味になってしまう
目的が共有化されていることが必要不可欠な条件になることは言うまでもないと思うのです。